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2006年2月 2日 (木)

国歌斉唱について思う

国歌斉唱 (名称未設定)

どっかにも同じことを書いたと思うけど、私がブラジルに行ったとき、友達と歌の話をした。自分の国の歌、ラジオから流れてくるアメリカの曲、映画音楽など、、、それほど言葉が通じていたわけではないので、深い話にはならず、「これ知ってる?」「ああ、知ってるよ。じゃあこれは?」みたいに、半ばイントロクイズのような会話になっていた。
話の流れから、「これがブラジルの国歌なんだぜ」と、誇らしげに歌って聞かせてくれた。決して声がいいわけでもなく、音も定かでない歌声だったが、かっこよかった。
「日本の国歌は?」と聞かれて、歌い始めた。
、、、、
ほどなく
、、、、

「・・・ちよにやちよに、に、に、に、、、、なんだっけ?」

恥ずかしかった。
まさか、歌えないなんて。

中学の頃、毎晩FENを聞いていたので、アメリカ国歌と君が代のメロディーなら、わかる。
でも、歌は覚えていなかったのだ。

思い出してみると、これまで、入学式や卒業式で、君が代なんて歌ったことはなかった。
音楽の教科書に載っていたし、よく眺めていたものだ。「さざれ石」って、石庭の石のことか??などと思いながら。でも、歌った記憶はほとんどない。まして、授業で教えてくれたことなど、記憶に全くない。

歌えなくて、当然だ。


学校の先生は、教えたがらない。もちろん、現場にいるので、何となくわかる。その理由が。
でも、教えるべきである。文科省が言うからでもなく、首長がいくからでもなく、

「自分のような経験を教え子にさせたくないから」

である。
君が代を教えないのは、エゴであり、職場放棄であり、傷害事件でさえある。
歌えなくて恥ずかしい思いをさせたことに、誰が責任をとるんだ?

「二度と戦場に教え子を送るな」

確かにその通り。でも、それと

「君が代を歌う子を育てるな」

ということは、違う。
この点を、十分吟味した上で、これから始まる卒業式練習に望むべきだと、僕は思う。

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本屋でこんなの見つけた。数学者が論理的思考を否定しているあたりがおもしろくて。 [続きを読む]

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