最近のトラックバック

« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »

2005年12月

2005年12月31日 (土)

今年もお世話になりました

大晦日。
毎月最後の日を晦日(みそか)といい、一年の締めくくりを特に大晦日という。
みそかとは、三(み)十(そ)日(か)が、由来といわれているそうだ。

さて、みなさんは、この一年いかがだったでしょうか?
わたしは、2回目の卒業生を送り出したあと、1年の担任となり、新境地が開けた気がします。
情報教育について、携わり、勉強する機会がたくさんあり、自分自身の成長も感じています。
また、第2子の出産があり、さらに、「おやじ」になった1年でもありました。
息子と二人で出かけることも多くなり、育児のおいしいとこ取りをしている気がしております。
反省すべき点も多々ありますが、そこは、敢えてさらすものではないと思いますので、
割愛させていただきます。

それでは皆様、よいお年をお迎えください。

2005年12月23日 (金)

区研究会での他校の様子

先日、区視聴覚・情報教育研究会があり、私が提案だった。
教室にインターネットが来たあと、どんなことをしているのかを紹介した。

個人的にガシガシ使っている様子を聞いて、
「あぁ、引かれている」と感じつつ、
「とにかく使わなければどうしようもないでしょう。5年間、使わなければ無駄な出費になるだけですから」
といっても、うんと言えない校内事情が各校であるみたいです。

故障・盗難は、当然リスクとして考え、しかるべき対処は必要ですが、それでも一括管理して使うときに持っていくなんて、誰も使おうとは思わないですよね。一昔前にくらべて、パソコンは家庭にもあり子どもにとって当たり前のものですし、「今更何を言っておるのだ」といったギャップをとても感じた研究会でした。

ふぅぅ。

2005年12月22日 (木)

子どもにデジカメ

昨日から、日直の子にデジカメをもたせている。
何を撮ってきてもいい。だから、おもしろい写真をもってくる。

一日目は、学校のシンボルツリーの前で記念写真風のをもってきた。
ありきたりの構図なのだが、木も見せたい、人も見せたいということで、初めてにしては上出来。
二日目の今日は、自分の影を撮ってきた。
まさか、2日目からこんな写真が出てくるとは思わなかった。
友達を撮ろうと思ったら、地面を撮ってしまったと入っていたものの、
カメラマンの子は、きっと、影を撮りたくて撮ったに違いない。

子どもの目で、子どもが切り取った風景。
自分自身は、それほど勉強しているわけではないのだが、
子どもの直感には、潜在的に本質を見抜く力があることを感じさせる。

これからの写真が楽しみだ。

2005年12月21日 (水)

情報教育研修会

校内研修会をやった。講師は僕。
セキュリティーなどの概略とともに、教室用パソコンの設定をしてもらい、ジャストシステムのグループウェア「つたわるねっと」を職員に使ってもらった。
大人でも、メールをやりとりしたり、掲示板を見たり、意外と楽しんでいたし、「始めてメールをしました」といっていた先生が何だか愛おしく思えたり。

さてさて、教室でどれだけ使ってくれる、いや、使わせてくれるのだろうか?

毎日開いた方がいいシステムやコンテンツを充実させていかないと、どんどんほこりをかぶってしまう、、、

2005年12月15日 (木)

教室にプロジェクター

校内LANができあがったのが去年のこと。そのご褒美(?)として、教室1台のPCと、学校3台のプロジェクターが来た。早速、授業で使ってみた。

休み時間のうちにプロジェクターとスクリーン(マグネット式、ホワイトボードにもなる)の位置を確認しておく。
授業が始まり、しばらくしてから機器を出して、見せてみると

「映画を見た~い!」
「影絵ができるね!」

などと、授業とは関係のないところで盛り上がる。
調子に乗って、プロジェクターの前に立ちはだかると、

「あぁ、見えなくなっちゃった」
「先生のおしりに映ってるよ~!!」「ひゃぁ~」「うへぇ~」

こうなると、もう、動物園状態。
それでも一応、立て直して、なんとか授業終了。

視聴覚教育では「無理に機器を使おうとしないこと」という鉄則があるのだが、敢えてそれを無視して、とりあえず使ってみた。
これから学年が進むにつれて、自分たちがこういった機器を使うようになっていく下地として、授業で見ている経験が生きてくればなぁと願っている。

それにしても、「安易にデジタルコンテンツを使うものではない。十分内容を吟味して、本当に効果的なのか検討してから実践するべきだ」といっていた指導主事のことばを、身にしみて感じた1時間だった。

2005年12月13日 (火)

元自宅跡地にて思う

今、実家が建て替え中だ。
私は、家を出た身であり基本的にノータッチなのだが、先ほど、近所まで用事があったので、ちょっとのぞいてみた。
とうぜん、更地になっていた。何だか感傷的になって、涙の一つでもこぼれるかと思ったら、そんなことはなかった。意外と平常心で眺めていられた。通算14年その家で過ごし、それなりにいろいろな出来事が思い浮かんでは消えていったけれども、決してナイーブになることはなかった。

次男坊として、いずれこの家からは出るのだと物心ついたときには思っていたので、こだわりがなかった。さらに、「自分の世界」=「家」である幼児期は別の所に住んでいたことも大きいだろう。(その家の立て替えの時は、結構ショックだった)

新しい家ができあがってからの方が、いろいろと思うことがあるのかもしれない。

自分の住処が亡くなって一番ショックだったのは、大学の下宿先かな。ぼろ屋で、すきま風が厳しく、隣の声が筒抜けだった部屋。
卒業して数年後、遊びに行ったときには、建物がなく、基礎を残すのみとなっていた。あのときは、さびしかった。今は、きっと家が建って、新しい住人が暮らしていることだろう。(昨年、行ったときには工事を始めていたから)

2005年12月12日 (月)

息子との二人旅

土曜日、息子と二人で旅に出た。
男の子らしく、乗り物好きなので、今回のテーマは「江ノ電に乗ろう!」
なかなかの珍道中。おもしろかった!

まず、かみさんの実家を車で出発。職場に書類を置いてきてしまっていたので、それを取りに行き、区役所へ。娘の出生届を済ませる。その後すぐに、自宅へ車を置く。

バスに乗り、大船へ。東海道線で藤沢へ。
途中、僕の実家がほんの一瞬見えるはずだったのだが、建て替え中のため全く姿が見えない。あとで妹に確認すると、すでに箱はなく、がれきを残すのみとなっている模様。少し寂しさを覚える。
東海道は高校生の頃、通学で使っていた時期もあり、そんな話をする。が、2歳児にはおそらく分かっていないだろう。隣に座っていたお姉さんが、微笑ましげにぼくたちを眺めていた。

藤沢に到着。目指すは、江ノ電藤沢駅。
久しぶりにホームに入る。正面の時計、円い窓、円柱を横にしたような天井。昔から変わらない作りだ。そもそも、ここに来たのは、絵本「はしれ江ノ電 ひかりのなかへ」が、大好きな息子のため。その中の一ページと同じ光景に、喜ぶ。

いざ出発。高架を抜け、鵠沼の住宅街をはしり、鉄橋を越え、路面をはしり、海沿いへ。冬の日差しが、水面に反射し黄金色に輝いている。白波が立ち、サーファーが必死に波をとらえている。七里ヶ浜では、フリーマーケットをやっていて、人々の楽しそうな声が聞こえてきそうだった。

稲村ヶ崎のあたりから、息子はうとうとし始める。さすがに、疲れてきたのか、それとも、江ノ電の心地よい揺れに眠りを誘われたのか、、、

鎌倉駅に着き、構内の江ノ電ショップでお土産を買う。息子が選んだものは、キーホルダーとマグネット。キーホルダーは、母親に。マグネット(3個入り)祖父母と自分のために。

マクドナルドで昼食のつもりが、あまりに込んでいたので、隣の不二家へ。大好きなお子様プレートを注文。いつもなら、遊びながらたべて大人を困らせるのだが、いつになくよく食べる。
食べ終わって、ジュースを飲んでいるとき、僕が食べ物へと視線を移した瞬間に

「ガシャーン」

見事ジュースをこぼしてくれた。
ひえぇ~~~、と思いながらも、店の人を呼び、片付けてもらいながら、着替えさせる。
まぁ、こんなこともあるかと思いながら、店を出て、バスを待つ。

2時間に1本くらい、自宅近くまでのバスがある。それをねらっていたのだ。当然、レストランに入る前に時間は確認済み。息子のトイレも済ませた。あとは、バスに揺られて、ねながらうちにつくのを待つだけ、、、と思っていたのだが、、、

「江ノ電バスが来たよ~」
という息子とともに、バスに乗り込む。
晴天の鎌倉ということで、観光客も多く、道路も込んでいた。それでも、これ幸いと外の景色や、隣の自動車をみながら楽しんでいた。

ところが、まだ八幡宮の手前だというのに

「おしっこ」

ひええぇぇ~~~~~~
「だって、さっきいったじゃん!!がまんできない??」
「おしっこ」
「だぁぁ(T_T)」

泣く泣く、八幡宮前で下車。トイレが見あたらないので、道ばたで失礼させてもらう。
時刻表を見ると、次のバスまで30分。しかも大船行き。
仕方がないので、トイレを済ませてご機嫌な息子を肩車し、小町通りを歩き、鎌倉駅へ。
横須賀線で帰宅することとなった。

大船で、母にひろってもらい、車で自宅へ。昼寝を済ませ、かみさんの実家へ出発しようとしたとき、
また「おしっこ」
母の車で合流した妹に、トイレを任せて、他のことをしていると、トイレから叫び声が。
「ごめ~~~ん」

飛んでいくと、便座カバーと息子のズボンがびしょぬれ。
慌てて座らせたのだが、おちんちんがきちんと前を向いていたとか。まだ学生の妹だが、姪っ子の世話をよくしているのと、ズボンを下ろせば自分でできる息子なので、大丈夫と思っていた自分が間違いだった(>_<)

まあ、「こんなこともあるさ」と笑い飛ばし、無事、母親の待つ、かみさんの実家にたどり着くことができた。

距離的には短い旅ではあったが、電車、バス、車を乗り継ぎ、ハプニングもあり、楽しい一日だった。おしまい。

2005年12月 6日 (火)

教室にOOoを。

先週、教室用PCが配当になった。
早速、学校で募金をしていたパキスタンについて地図や写真を見せてあげた。もちろん1年生なのでよく分からないとは思ったが、「パキスタンってだいたいここら辺」「地震で家や家族を失って大変」「ぼくたちのお金が、この人たちのために使われる」といったことが分かればいいなぁ、という気持ちで、朝の会の時に紹介をした。

事前準備をほとんどしていなかったけれど、ぱっと紹介できるところが、インターネットの強みだなぁと改めて思った。と、同時に、プロジェクターか、せめてテレビに映すS出力でもないと、一斉指導では難しいなとも感じた。(液晶なので、角度によって全然見えない)

さて、そこに入っているオフィス製品だけれども、ジャストスマイルが入っている。ジャストシステムの小学生向け統合ソフトウェアだ。
ところが、メールに添付されてくる文書は相変わらずWordのものが多い。
すると、教室では中身を確認できなくなってしまう。

そこで、今注目しているのはOpenOffice.orgである。
フリーウェアで、MSOffice互換(?)のソフトウェアだ。
ボチボチ使ってみたことがあり、悪くはないなぁと思っているのだけれども、Wordほど、縦書きに強くないので、自分の仕事には、弱い。
でも、教室用PCに導入してみるのは、悪くないかも。と思っている。

いっそのこと、ひらがなメニューの小学生版がでてくれないかなぁ?などと、勝手に考えている。

2005年12月 3日 (土)

第2子誕生

生まれました。第2子です。女の子です。名前はまだありません。

長男に引き続き、立ち会いました。産みの苦しみは、何度見ても頭の下がる思いです。
無事生まれて、母親の胸に抱かれたとき、目頭の奥に熱いものがこみ上げてきました。
子どもたちが大きくなるにつれて、親の知らない子どもたちの世界ができあがっていき、成長していくことを思うと、何だかとてもうれしくなりました。
それとともに、最近立て続けに起きた事件を見ていると、無事に大人になってほしいなぁと、心の底から願っています。

これからが、子育て第2ステージです。
今まで、かみさん任せにしてきた分、もっと育児に参加しなければ、と、思った次第です。

生まれたばかりですが、娘の結婚式には出たくないなぁ。

« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »

2015年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

twitter

  • twitter
無料ブログはココログ