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教師1年目

2008年3月21日 (金)

12.一ヶ月で見えてきたもの

初任の頃の回想記 12
~・~・~・~・~・~・~
あっという間に、一月以上経ちました。
給食の時、準備の仕方になかなか慣れず、子どもに
「まだ一ヶ月だから、まだ慣れなくてねぇ」
というと、

「先生何いってるの?もう、一ヶ月も経つんだよ!」

10年ほどしか生きていない彼らにとって、一ヶ月とはとても長い時間だったのです。そのことに気づかず、わき目もふらず突っ走った僕にとって、とてもショックな言葉でした。

この言葉を子どもから聞いた頃から、だんだんとクラスの雰囲気が見えてきました。僕がクラスのことをわかってきたこともあるでしょうし、子どもたちが僕に慣れて本性を現してきたのかもしれません。

友達同士の関係の雰囲気が良くないのでは、、、

些細なことで友達をたたき、たたかれた方はたたき返す、ということや、自己中心的な発言や行動で友達を傷つけるなど、相手の気持ちを考えることがなかなかできていないのです。まあ、小学生にはよくあることですし、あまり気にすることはないとは思うのです。

しかし、このまま何も手を打たずに野放しにしておくのはあまりにも危険すぎる気がするのです。

クラスでまとまれるように、共通の目標(たとえば、ドッチボールなど)に向けてがんばるということや、日々の子どもたちのへの声かけなどがこの問題の解決策になるのだろう、と思い、地道な努力をして行かなくては、と思いました。

最初の一ヶ月でそのクラスが決まる

といいますが、果たしてうちのクラスは、どうなる事やら、、、

2008年3月17日 (月)

11.初めてのテスト

初任の頃の回想記 11
~・~・~・~・~・~・~

先日、初めてテストなるものをしました。算数の3年生の復習、大きな数(億、兆)の2種類でした。教科書の問題が終わったのために用意したプリントだったのですが、集中してやっていたので、2時間続きで行いました。
採点して、かなりのショックを受けることになったのです。

みんな、予想以上にできていない

3年生の復習も、大きな数の単元もできていないのだったら、このクラスの実力がそうなのだ、と考えられますが、そうではないのです。3年生の復習は計算間違いはあるもののよくできており、大きな数になると全然できていないのです。

ほとんど同じ時期に、横浜市の学力検査が実施されました。市内の小学生の一斉テストで4年生は国語と算数があります。算数の得点を見ると市の平均点とほとんど同じだったのです。

つまり、算数の実力はあるにもかかわらず内容が身に付いていない、教え方が悪いということです。
確かに、算数は教えるべき内容がしっかりしているため、事前の教材研究なども時間をあまりかけませんでした。また、説明の仕方や問いかけ方なども、どうやって噛み砕けばいいのかわからなくなってしまったこともありました。
その結果が如実に現れた、ということです。

初任だから仕方がない、というのは言い訳でしかありません。
これから、もっと授業研究も行っていかなければ、と決意しました。

2008年3月10日 (月)

10.それぞれの学習速度

初任の頃の回想記 10
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毎回の授業がそれらしい形になってきました。特に、算数などは課題が明確にあるので、授業の構成が作りやすいです。しかし、33人の子どもがいると確実に出てくる問題として、

早い子はすぐできるし、遅い子は時間が足りなすぎる

ということがあります。
このことは、実習に行く以前から知っていたことですし、実習の時も頭を悩ませる問題でした。
しかし、担任として1年間見ていくとなると、その責任が重くのしかかってきます。1年間で子どもたちは驚くほど成長します。逆に考えれば、1年間授業についてこれなければ、驚くほど差ができてしまうということです。

だから、少人数学級の実現を!!

これが、大学の発想です。僕自身も、学生時代はそう考えていました。確かに少人数学級にする、進度別クラス編成を柔軟に行う、T・T(ティーム・ティーチング)を行う、など様々な解決策があります。これらは、実際に導入され、効果も上がっていると聞きます。

だからといって、今僕が持っているクラスで、この様な制度を導入できるわけがないのです。けれども、毎日授業は行われており、確実に差が広がっているのです。そのことに対して手を打てるのは自分しかおらず、その方法は自分で何とかするしかないのです。
できない子に対して教えてあげられる子に教えてもらう、早くできた子のために別の問題を用意しておくなど、一般的な方法論はありますが、果たしてそれだけで十分なのか不安です。

いずれにしろ、
大学で学んだことは即戦力ではなく、学問としての教育学だったのだ
ということを、痛切に感じました。

~・~・~・~・~・~・~
何年経っても、子どもの状況は変わらず。
しかし、課題に対する取り組ませ方には、変化があった。
何のための課題解決(自力解決)で、その次に何があるのか。
だから、このころと今とでは、明らかに違う。

課題解決したものを話し合うことでより高めていくことが、
学校で、みんなで学習する一番のポイントだと思うけど、
それをうまく支援する授業力は、まだまだ未熟。

2008年3月 9日 (日)

9.授業参観

初任の頃の回想記 9
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授業が始まって一週間、早速、授業参観・懇談会がありました。
算数の授業を行う予定だったのですが、ちょうど単元のまとめになってしまうため、いろいろ考えた末、国語にすることになりました。物語の音読の単元です。この一週間、国語はほとんど読みの練習でした。その発表会を授業参観でやろう、ということにしたのです。

僕にとって国語は、何をやればいいのか、どうすればいいのか、一番わからない教科です。しかし、幸いにも子どもたちは音読が大好きで、語句の説明や漢字の読み方などを丁寧にやっていると、
「先生、早く読もうよ!」
とせかすくらいなのです。

休み時間にスーツに着替え、教室に行きました。
「先生、いつもと格好がちがーう」
といわれながらも、保護者の方々が教室に入り、授業参観の始まりです。

「音読発表会を始めるよ、司会の人、よろしく」
みんな、それぞれが読み方を工夫して立派に発表できました。
今日の発表会についての見返しも終わり、ふと時計を見ると、

あと、10分も残っている!

5分くらいだったら、早く終わっても差し支えないだろうと考えていたのですが、さすがに10分は早すぎです。
すると、子どもが、

「ぐるぐるじゃんけんやるぅ」

といいだしたのです。
ぐるぐるじゃんけんとは、2組に分かれて、机の間の通路を両側からスタートし、ぶつかったところでじゃんけん、勝ち抜いて、相手のスタート地点に来れば勝ち、というゲームです。
当然、遊びなので授業参観でやるわけにはいかない!!と思ったのですが、ほかに何をやっていいのかもわからず、子どもたちも、発表会の緊張が解けたせいか、とても国語を続ける雰囲気ではありません。
10秒ほど頭をフル回転させ、出した結論が、

「5分だけだぞ」

子どもたちが楽しんだあと、帰りの会です。
あまりにも子どもたちが友達の話を聞こうとしないので、保護者のいる前で、
「友達の話はしっかり聞くって約束でしょう!」
としかりました。
本当に話を聞いていなかったのですが、保護者の前で、しっかりやっているんだぞ、というところを見せたかったという気持ちもかなりありました。

その後の懇談会では、授業について特に何も言われることはなく、保護者も、新卒の男の先生だし、これから、お手並み拝見ね。という気持ちだったのでしょう。
~・~・~・~・~・~・~
今、ふりかえると、はちゃめちゃですね。
保護者はかなり心配になったのではないでしょうか?
まあ、初任だからできることではありますが、、、

2008年3月 8日 (土)

8.初授業

初任の頃の回想記 8
~・~・~・~・~・~・~
初めての週末は、あっという間に終わってしまい、月曜日。そして、授業です。

理科、算数、国語、図工、音楽。

音楽は専科の先生がいるので、授業をするのは4時間です。
一時間目に理科を持ってきたのは、自分の専門だからです。

「一時間目は、外で、花を探すよ!!」

横浜の春、信州に比べ1ヶ月近く早く訪れており、桜や花壇に植えられている園芸用植物はもちろん、雑草でくくられてしまいそうなナズナ、ホトケノザ、オオイヌノフグリ等々、春の一番いい季節です。そんな中で、教室にこもって授業ではもったいない!と思い、外に連れ出したのです。

実は、子どもの名前を完全に覚えていたわけではなく、また、学校内とはいえ死角の多い外に連れ出すのは、かなりの不安がありました。
それでも、子どもたちは自由に花壇や校庭の端などに行き、思い思いにいろんな花を探していて、春を満喫していました。

多い子で30種類近く、少ない子でも10種類近くは見つけることができ、思った以上にたくさんの花が咲いていたことに驚いていました。

子どもたちの様子を見ていて、初めての授業は何とかうまくいったかな、と思いました。

2008年3月 7日 (金)

7.はじめの1週間で感じたこと

初任の頃の回想記 7
~・~・~・~・~・~・~
子どもと3日間を過ごした時点で、一番痛切に感じたことは、

教育実習は、所詮まねごとでしかなかったんだな

ということでした。
実習中は学級に入ってはいるものの、借り物のクラスなので、自分の判断では答えられないことを子どもに聞かれても、「○○先生に聞いてごらん」といって責任逃れをすることができました。逆に、担任の先生(指導教官)の方針もあるので、そうしなければならないことも多かったのです。
しかし、担任である以上、子どもの前にいる先生は自分一人だけなのです。そこでは、○○先生がいるわけでもなく、誰にも頼ることができません。だからといって、曖昧な返事を返したり、その時々によって違った答えをしてしまうと、混乱してしまうのは子どもであり、それが長いこと続けば信頼関係は崩れ去り、学級も成り立たなくなってしまうのです。

学級運営の大まかなことは、昨年度のシステムを利用することが出来、子どもたちにも聞くことができましたが、今は何をしてよくて、何をしてはいけない時間なのか、といったことは先生である自分にしか決めることができません。
この責任の重さは、自分の価値基準がきちんとできあがっていない僕にとって、とても重いものでした。
=====追加コメント
実習仲間から、このページのことについて、
「いくらぼかして書いていても、アップしない方がいいのでは、、、」
という内容のコメントをもらいました。
確かに、忙しい中、僕ら実習生を受け入れてくださった実習校の先生方、
特に指導教官に対して、失礼な内容かもしれません。
この場を借りてお詫び申し上げたいと思います。
教育実習に関して、無駄だったなど、全く考えていません。
子どもに対する態度、視点、考え方、そして授業の進め方など、
実習で教えていただいたことがなければ、何もできなかったでしょう。
また、まねごとに感じたと言うことは、それだけ実習に対して
甘い気持ちで臨んでいた僕自身の問題だと思います。
自分自身の反省の意を込めて、このページを削除せず、皆様に読んでいただきたいと思います。

~・~・~・~・~・~・~
生意気というか、稚拙というか、青二才というか、、、
ちょっと恥ずかしいのですが、再掲します。

2008年3月 5日 (水)

6.黄金の3日間(後)

初任の頃の回想記 6
~・~・~・~・~・~・~
新学期2日目、子どもたちとゆっくり会うのは今日が初めてです。
先生として、どのように振る舞えばいいのか、周りの先生の様子を見つつ、自分が小学校の時の先生を一生懸命思い出しながらの生活です。

朝、先生は教室に来ていただろうか?
  うん、来ていた。

そこで、何をしていた?
  あまり、覚えていないなぁ。

そうこうしているうちに、朝の打ち合わせが始まってしまいました。
打ち合わせの間も議題についてはほとんど耳に入らず、今日やることについて、いろいろ考えていました。
教室にはいるときの第一声は何にしよう、自己紹介は、時間が余ったらどうしよう等々。

ところが、いざ教室にはいると、そんなことはすべてすっ飛んでしまいました。
まず、日直は出席番号順で2人ずつと決めていたので、そのことを伝えると、

「せんせー、朝の会をやっていいですか?」

この一言で、快調な滑り出しができました。
後は、考えていたことなんてすっかり忘れてしまい、自然な流れで事が進んでいきました。特にわからないことでも、子どもたちに聞くと、
「去年はこうだったよ」
と教えてくれるので、何とかやっていくことができました。

この日にやったことは、席決め、自己紹介、大掃除、教科書配布、給食当番・掃除・係決めでした。
昨年度のシステムをそのまま利用させてもらうことで、こちらが指示するまでもなく、子どもたちの方が理解しているので、とても助かりました。

次の日、離任式があり、残りの時間も係活動、4年生になってのめあてなどを書かせているうちに、あっという間にすぎていってしまいました。
~・~・~・~・~・~・~
学級は持ち上がり。だけど、担任だけが替わる。
そんなクラスでしたので、スムーズに事が運んだのだ、と、今は思っています。
黄金の3日間といわれる時間を、あっという間に過ごさせてしまったのだなぁと、
改めて思います。

   つづく

2008年3月 4日 (火)

5.黄金の3日間(前)

初任の頃の回想記 5
~・~・~・~・~・~・~
今年は始業式が水曜日だったので、その週は午前中だけで授業がありませんでした。
土曜日は第2週で休業日。したがって、はじめの週は計8時間あることになります。
大掃除や離任式などの学校行事もありますし、教科書を配布したりと、する事はたくさんあるはずなのですが、

何をどう進めればいいのか、全然わからない!

着任式の後、同じ4年生の先生に聞くと、

「そんなの、子どもに聞けばいいのよ。」

確かにその通りかもしれません。
ですが、何もかもが初めての僕にとって、子どもを頼りにしてしまうことが、その後の学級に大きな影響を及ぼすのでは、先生が頼りないからという原因で学級崩壊にまでなってしまうのではと、悪い方向に考えが行ってしまいます。

しかしながら、根本的に楽天的な僕は、とにかくその日のうちにやるべき事を考えて翌日を迎えました。

2008年3月 3日 (月)

4.子どもと初対面

初任の頃の回想記 4
~・~・~・~・~・~・~
出席簿、手帳(昔、えんま帳と呼んでいた)、配布物を手に階段を上り、廊下に出ました。廊下の一番奥の教室が私の教室です。
2,3人の子どもが廊下で遊んでいましたが、僕のことをしばらく見つめた後、教室に入りました。彼らにちょっと遅れて教室にはいると、それまでざわついていた教室が静かになりました。

僕も先生になったんだぁ。

彼らの反応を見て、改めて実感しました。

黒板に名前を書き、簡単に自己紹介をしました。
名前の読み方、先月まで大学生だったこと、学生時代は長野に住んでいたこと、今は親と一緒に大船に住んでいることを簡単な日本地図を書いて説明しました。
その後、出席を取ったのですが、困ったことに気づきました。

事前に読み方を調べていなかった!

名字は何とか読めたのですが、みんなしゃれた名前ばかりで全然読めないのです。
名前がわからないなんて失礼なやつだ、と自己嫌悪に陥りつつも子どもに読み方を教わり、どうにか出席も取り終わりました。

その後は、配布物を配り、翌日の連絡をしてすぐに下校にしました。

2008年3月 2日 (日)

3.着任式

初任の頃の回想記 3
~・~・~・~・~・~・~
そんなことがあり、気が動転しつつも着任式です。

考えてみれば、全校生徒の前に立つのは教育実習以来です。
しかも、4年次に養護学校に行ったものの、小学校は3年の時以来。
4年に上がるときに1年休学しているので、2年半ぶり。
ついでに、付属小学校だったので、何十人のうちの一人で、挨拶などしたことはなかったのです。

幸い、今年は10人近くの着任者がいたので、
「挨拶は短く」
と言われていました。

校長につづき、着任した先生方と一緒に体育館に入り、ステージに上りました。
自分では、できるだけ堂々と歩いたつもりですが、ひょっとしたら右手と右足、左手と左足が同時に出ていたかもしれません。
それほど緊張していたのです。

校長による紹介の後、着任者の挨拶が始まりました。
次第に緊張も解け、自分の担任するクラスの子どもたちの姿が見えてきました。
そして、私の挨拶の番です。

「JOZEです。3月まで大学生でした。がんばりますので、よろしくお願いします。」

ありきたりな挨拶でしたが、何とか、きちんと言うことができました。
その後、ステージから降り、担任発表があって着任式は終了です。

子どもたちを先に教室に帰し、職員室に名簿を取りに寄った後、自分の教室に向かいました。

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